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万魚の雑々日記

ドラマや映画や文学のこと、家の周りに置いて行かれたり福島原発事故後警戒区域になった町で出合い同居している猫たち犬たちのこと、要介護の継母のこと、自分自身のこと。・・・煩悩多きブログだが何か光のようなものも感じるままに。別ブログ「なぜぼくらはおいていかれたの」http://ameblo.jp/kaze-amb

3月の検診

午前中役場の敷地内の診療所に行く。

継母の検診日だった。 

車を降りて、玄関あたりの雰囲気がしぃ~んとしているなぁと思ったら午前中休診だって。

「お昼たべてまた来ましょう」

「フム」

というわけで、家にすぐ帰る。 

こういうぼんやりがとても多くなった。

老々介護、と言われても仕方ないか・・・。f:id:nkiki:20160316111206g:plain

 

それはともかく、継母うめさんのことであるが。

うめさんは2013年の秋に当時一人暮らしをしていた千葉市のデパートのエスカレーターを押し車を押して上ろうとし、転がり落ちて左脚膝を複雑骨折。二か月の入院のあと自力で動けないので我がほうに移って来たのだ。

継母と言うからには私の父親の後添いさんだ。

それも私が社会人になって実家を離れていた時のことだから同居の期間がなく、継母のことはあまり知らず、というよりずうっと私は親身な関心をもたない冷たい継子であったので、70歳を過ぎて突然思いもかけない成り行きでうめさんの介護同居がはじまり、しばらくはハンパナイ緊張の状態だった。

私のほうに重症の口内炎などストレス症状がひどく出てどうなることかと暗い日もあったが、至らぬ私はあることで爆発的な癇癪を起し、ほんとに苦々しい気分に堕ちたのだったが、結果的にそれで危機を脱した感がある。人から実の親子かと思われるほどの自然な親密感が生まれた。メデタシです。f:id:nkiki:20160316114400g:plain

 

こういう状態の中、私は原発爆発後に置き去りにされた福島の動物たちのところに給餌に通い、家の沢山の猫たち犬たちの世話をし、執筆の活動も続けてきたゾ。

・・・このことしょっちゅう言ったり書いたりしている。人に、よくやった、他の誰にもできないことだ、頑張った、と慰めてもらいたくてもらいたくてならないのでする。トホホホのナンジャクモノっす。

 

でも、ほんと~~~~~~~に疲れたのっす。たくさんの猫や犬との暮らし、世話、20年を越える父親の介護と夫の介護・・・壊れかけた自分との闘い・・・ほんと~~~~~にとうの昔に限界超えてなお頑張り続けてきた日々であったっす。

このことになんでもっと早くに気がついて、少し、自分を守ることも考えて生きるべきだったんじゃなかったろうか?

ただただ頑張っていたせいか、さぼりかたもわからん。さぼっていると、生きてる価値のない自分のように思い詰めてしまうのっす。これが辛い。死んで現実から逃げたいくらい辛い。

こう書くのも、誰かに、「さぼっていいんだよ」、「君はさぼってるんじゃない、当然の休養期間だ」と正当化してもらいたくてしかたがないのだす。ちょっとおどけて、自分をしめつける責任感を拒絶したいんだす。

 

と、昨今、想ってしまい、ひきこもりの危機感がしのんでまいりまする。

ま、ここは様子をみよう。なんとかなるべ。これまでもなんとかなったし。最悪でもうめさんと30匹の猫たち犬たちと、自分の野垂れ死にってだけのことじゃ、ね?

 

もんくあっか?f:id:nkiki:20160316120350g:plain