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万魚の雑々日記

ドラマや映画や文学のこと、家の周りに置いて行かれたり福島原発事故後警戒区域になった町で出合い同居している猫たち犬たちのこと、要介護の継母のこと、自分自身のこと。・・・煩悩多きブログだが何か光のようなものも感じるままに。別ブログ「なぜぼくらはおいていかれたの」http://ameblo.jp/kaze-amb

ノラの夢をみた

もう40年近くなる。

その㋃、まだ小さかった長男と次男と歩く道後温泉の公園は、桜の花が満開だった。

事務所に近くにハエのわんさとたかったごはんにかつぶしの餌箱がおいてあって、近くに、生後二か月ぐらいのやせ細って顔中がめやにで覆われた三毛猫がうずくまっていた。

私は管理人のおばさんを探して、「あの猫ちゃん、あのままでは死んでしまいますよ、餌がひどい」と言ったら、「連れてって!」と言う。

 

「うちペットが禁止されてる社宅で転勤もあるし飼えないんです」

「じゃ、しょうがないよ、死んだらあの猫の運命だ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

結局、掬い上げた。子猫はぶるぶると震えていた。

「大丈夫だよ、もう誰も捨てない」

そのまま服にくるんでアパート式の社宅に連れて帰った。

ノラ。永遠のノラとこうして出会った。

 

ノラとの出会いから、私は日本のペット事情、行政のいいかげんさ、人々の無責任さを知ったのだ。

知ったら、どうすることもできない。とことん守るだけだ。

ノラがうちの家族になって、同じ社宅に住む次男の友達が連れてきたクロも家族に加わり、私の緊迫した辛い戦いがはじまった。

 

永遠のノラは、転勤族の夫の移動先々についてきてくれて、埼玉のK市で自治会の無理解からその時40匹ほどになっていた猫たち犬たちを守るために家族と暮らす家を出、とある在所のボロやを借りて住んだ地で死んだ。

※猫の数が増えたのは、うちで産ませたのではなく(うちでは手術をしていた)、心ある方は信じられないでしょうが、人々がどんどん置き捨てにくるのです。一度に20匹おいて行かれたことがありましたよ。本当のことです。

 

あの日から28年。ノラを偲ばない日はなかったのに夢にもあらわれてくれなかった。

ノラは辛かったのだ。幸せではなかったのだ。

そう思い、そう思うたびに涙を流した。

 

そのノラが、夕べ、鮮明な姿で私のもとに現れた。

衝撃で目が覚めた。

 

ノラは迎えにきてくれたのだろうか。それとも生きるのにこんな辛い思いをしている私を励ましに来てくれたのか。

そんなことどうでもいいさ。迎えに来てくれたのならもちろん逝くよ。喜んで逝く。

励ましに来てくれたのなら・・・気を取り直してこの世で頑張ってみるか。

どっちでもない、ただ会いたくなっただけにゃ。・・・というなら、こんな幸せなことはないよ。ありがとね。

 

ありがとね。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

↓は、ある雑誌に書いたノラの小説です。

ゴッドマザーストーリー         
    
月夜の雹


 


                      
”この物語を永遠のノラに捧げる”

「あの夜、月が煌々と照り、長い一本道は、まるで湖の底を通っているように青く
染まっていた・・・・・」
 ゴッマがシャカシャカとパソコンのキーボードをたたいていく。
「なんだか陳腐な文章だねェ・・・」
 ぼくは、ゴッマの左肩から画面を覗き込み、嫌味っぽく言った。
「・・・・・・・・・・!」
 ゴッマは肩を大きく揺すって、ぼくを床に振り落とし、ご丁寧にも蹴っ飛ばした、
ときたもんだ。その後脇のベッドに倒れこみ、タオルケットを頭からすっぽりかぶっ
てしまった。
「なんだよおっ)
 ぼくはブゼーン!
 ゴッマの文章の下手さをからかうのなんか、今に始まったことじゃない。そのた
んびにゴッマは、「ヘッヘ」と気にもとめないってのに。
 ぼくは、タオルケットの端っこを銜えてキュイキュイと引っ張った。
「どうしたの? ぼくがほんとのこと言ったからアッタマきたの?」と、しかめ面を
出したゴッマに言った。
「フン、ほんとのことなんてヤスヤス言うんじゃないの。人間世間の中じゃ、エラ
イ目に合うゾ」とゴッマはしかめ面を解いて、妙に冷たい顔つきになって言った。
「ヘー、エライ目に合ったの?」
「フン、わたしの場合はあっちがわたしからエライ目に合ったんてんでしょ。わた
しはセコイ目に合うだけ」
 ゴッマはもっと冷たく言った。
 ぼくは、ゴッマの仕事部屋兼寝室の窓から、庭に下ろした細い木の棒を伝っ
て外に出た。いつもならゴッマの肩から、ゴッマが考えていることが伝わってく
るんだけど、今日はさっぱりわからない。こんな時は、君子危うきに近寄らずだ。
 外は月が煌々と照っている。世界は青い湖水の中に沈んで・・・・・。
(テヘヘ、ゴッマの下手な文章そのままのこと思ってらァ)
 その時だよ。忽然とノラばあさまが出現した。とっくに死んでしまった、ぼくらが
大好きだった三毛猫のノラばあさまだ。この前、桜の花が咲き始めた頃に、ゴッ
マの部屋に現われてそれっきりだった。 
[ノラばあさま! ミャアミャア」
「おうおう、よしよし・・・」
 ノラばあさまは、ぼくの耳のうしろをカシカシと噛み、それからゆったりと毛づくろ
いをしてくれた。それが終わると、前脚をシュッと伸ばした格好で座り、厳かな声
で言った。
「あの夜も、こんな青い夜だったよね。あの子は、あの夜のあの一本道のことを
書きたいのさ。想いが強過ぎてうまく進まないのだろうよ」
 あの子というのはゴッマのことだ。ノラばあさまは、ゴッマの家の最初の猫だ。
その頃はノラばあさまは赤ん坊で、ゴッマがお母さんだった。少したったら、ゴッ
マの妹になった。猫は人間より年が進むのが早いからね。すぐに友達になりお姉
さんになり、十年を過ぎた頃にはゴッマのお母さんになった。終わりの頃には、ゴ
ッマのおばあさまになっていたんだ。後からゴッマの家の猫になったぼくらにとっ
ても同じだ。ぼくらはみんな、年老いたノラばあさまを、「ノラばあさま」とよんで慕
った。
 どこまでも優しく、なにものをも許してくれたノラばあさま。ゴッマの家で、ぼくら
が何十匹になろうと仲良く暮らしてこれたのは、ノラばあさまの底知れぬ慈愛が
あったればこそだ。次々置いていかれるぼくらを、いつだって迎えて抱きしめてく
れたんだから。
「クロや、これから戻ってみないかい。あの夜の一本道に・・・・・」
 ノラばあさまがささやいた。
「え?・・・・・・・アッ!」
 返事をする間もなかった。フワッと重力感がなくなり、ぼくは宇宙の果てに放り
出された感覚を受けた。
 気がつくとぼくは、青い月の光の降り注ぐ、夏の水田の只中の一本道にいた。
ノラばあさまはいない。
(ノラばあさま、どこ?)
 ぼくは恐怖を感じていた。ぼくは車に乗っているじゃないか! しかも自分で運
転している。・・・そうか、ぼくは人間、そうゴッマになって、あの夜の道に戻って
いたのだ。数年前、二年間いた”古家”につづく道に。

 その頃ゴッマは、連れ合いと二人の息子の四人で、ある町に住んでいた。家は
環境といい作りといい申し分なかった。ところがちょっとしたきっかけとゴッマの対
応の拙さもあって、他人がぼくら猫や犬をゴッマたちの家に置いていくようになっ
たのだ。次々だからたちまち数が多くなり、住み易いはずの家が苦痛の家となっ
てしまった。
 ゴッマが苦痛だったのは、ぼくらに対してではない。事情をわからない人の、好
きで増やしてると思い込んだところからの圧力や中傷。ぼくらが迷惑をかけてい
る近所の人や、家族への罪悪感など。経済的な悩みも大きかった。ゴッマは、ぼ
くらを連れてくる人から、謝礼や不妊手術費用を受け取ったり、カンパを貰ったり
など絶対しなかったから、負担がひどくなる一方だったのだ。その上心ない人か
ら、お金を貰って引き取ってる、むしろお金儲けがあるに違いない、というとんで
もない噂を流されたりして、憤死しそうなくらい苦しんだこともあった。とにかく、人
の悪意もどんな物事も、いいかげんに聞き流したり、はぐらかしたりできないゴッ
マは、深い悲しみと怒りと寂寥と虚しさに、常に塞がれるようになった。
 それでもゴッマは、ぼくらを捨てるなんてこと一度も思わなかった。ぼくらを捨て
ることをすすめる人もいたが、そのたびにゴッマの胸に、”捨てて済ませる”ことへ
の反抗心が、キリキリと音たてて高くなった。
 ゴッマにとって、心が通い合ったぼくらは、人間の家族と同じく家族だったんだ。
深い友達でもあった。ゴッマが、人間の家族や友達と、ぼくらとの違いを上げると
したら、人間の方は、自分がシャカリキに守らなくても守られている。でも、ぼくら
のことは、自分が命がけで守ってやらなくては、守られない。ということだったろう。
 これは理想主義の理想論なんかじゃないんだ。善、悪、優しい、厳しいなどとい
う規範に入れて語ってなんかもして欲しくない、もっと単純な心の奥に自ずと溢れ
てくる感興と、行動のことなんだ。
 そんなゴッマが、ぼくらを裏切ろうなんて思えるはずなかったんだ。
 結局ゴッマは、ぼくらを連れて家を出ることに決めた。
 そしてその冬、ぼくらはゴッマに連れられて、北に寄った町の借家に大移動し
たんだ。ゴッマは、「モーゼの大移動って知ってる? 旧約聖書のなかで、民族
を救うために新天地を求めて大移動をしたのよ」と得意そうな顔で笑ったよ。悲壮
のかけらもなかった。ほんとは悲壮だったかもしれないけど・・・。
 引っ越す家に着いた時、ぼくらは一斉に叫んだ。「チョー、古家なり!」ってね。
 桑畑と、牛舎と、豚舎に取り囲まれたその古家は、色褪せた薄緑色のトタンで
張られた、家というより小屋に近かった。六畳の居室、流しの水道から水が出る
だけの台所、それからやはりガスが出ず、風呂としての機能を持たない浴室、ト
イレ、そうそう、玄関の上がり端には四畳くらいの板の間があった。
 余談だけど、その古家を見つけるまでゴッマは苦労した。ぼくらを受け入れてく
れる大家さんがなかなかいなかったんだ。やっと家賃二万円の古家をゲットした
んだけど、契約をするその時になって突然、大家さんが家賃は十万円、猫や犬
がたくさんいるんだから、そのくらい当り前と言ったんだ。ゴッマは、その前に不
動産やさんに、自分から家賃は割増になっても承知しますから、と言ってたぐらい
だったんだけど、それにしても五倍になるとは想像もしてなかったからボーゼンと
した。それに不動産やさんは、割増なんて必要ないよ、環境も家も嫌がる人が多
くて、借り手がなかったんだ、と言ったんだしね。
(どうしよう、十万円も家賃を払う力がない・・・、トホホ)
 そんなゴッマに、大家さんは言った。
「八万円にまけてあげてもいいよ」
 ゴッマは、「ありがとう、ありがとうございます!!」と頭をペコペコさげた。ほん
とは八万円だって払える力なかったのに、まけてあげると言われて、物凄くいい
人に思えたんだ。後で不動産やさんがニヤニヤして、「大バカ、カモ~だね」と言
ったもんだから、何かはめられたって気になったらしいけどね。
 
 ゴッマはその古家から片道二時間半以上かかる東京は新宿にあるオフィスに
通い、夜は子どもや動物の未来に祈りをこめながら童話やルポを書いた。一日
おきに途中下車して家族の家に寄り、家事をし、また古家に戻った。ゴッマはた
ちまち七キロ痩せ、髪はどんどん白くなった。
 引っ越した直後の頃、やたら雪や雨が降って寒かった。ぼくは当時若猫で、寒
さなんか平気のはずなのに、心の底の底の方に寒さとも寂しさともつかぬものが
しんしんと忍んできてさ、ノラばあさまにへばりついて震えていたよ。
 ゴッマは明るかった。仕事から帰るとぼくらに美味しいごはんをくれて、犬らみ
んなを順番に散歩に連れて行った。「よかったねぇ、今日も散歩にでれて。散歩
は楽しいねぇ」と犬らと話しながら、星空の下をタッタカタッタカとね。

 でも、ゴッマはほんとは、胸のなかはさまざまな無念が渦巻いていたんだ。ぼく
らをゴッマに押し付けておいて、迷惑だからどうにかしてくれと言わんばかりの人
や、大変なら処分したらいいのにという人たちや、お金儲けのように陰口で言って
るへの人間不信もあったけど、それよりも寂しく哀しかったのは、別のところに起
因していた。
 ぼくらの心と交歓し、ぼくらの悲鳴や嘆きの声をキャッチしてしまうという感性と、
それに従う頑固さを持つゴッマは、もはや世間からは異形の存在でしかなかった。
だが、異形であるからこその、一途で激しい真実への追求心があった。
 この一途さと激しさこそ、世間のなかでは異形なのだ。わからないのだ。世間
がわかるのは、一途な人間が発するパワーの強さだけだ。人はわからないもの
を怖がる。わかると安心だ。結局、自分の経験や知ってることにあてはめてわか
ったつもりになる。
 ボロボロに疲れきっていたある夜のことだ。一本の電話が入った。電話の主は、
人権や、平和や、思いやりの尊さを常に口にしてる人だった。その夜もそうしたこ
とを話し、どういう流れだったかゴッマにこう言った。
オバタリアンの代表として頑張ってねぇ」
 ゴッマは、オバタリアンを、無神経、厚かましさ、強欲などの象徴としてみていた
から、その言葉は恐ろしい毒になって、ゴッマの疲れきった心身に、虚しさと悲し
みと孤独感を降り注いだ。
 ゴッマとその人は、以前に意見の対立があった。それ以来、その人がゴッマに
いじめられたと、いたるところで言い立てていることをゴッマは知っていた。
 ゴッマは打ちひしがれたが、彼女を悪く思う気持は起こらなかった。
「彼女は、彼女の知ってる範疇の貧しさと狭さを、こうして私に晒しただけだ。眠ろ
う・・・、もしかしたらもう目覚めることのない眠りにつけるかもしれないから・・・」
 ゴッマはそう呟いて眠りについた。
 そして翌朝、目覚めはきた。永遠の眠りはゴッマにもたらされなかった。この時
はじめて、ゴッマは、昨夜の痛みを泣いた。
”神は在る 悲しみを連れておられる”と俳句を書いて。

  さて、ここらで、ぼくがゴッマになってあの夜の一本道にタイムスリップしたとこ
ろに戻ろう。
 時は、古家に引っ越した年の七月の夜だ。
 アスファルトの長い道は、月と車のライトに照らされ、透き通るような青さだ。ぼ
く、いやゴッマは、車のアクセルを踏んだ。稲の波がサワサワとうねる中を車は走
る。
 プチプチプチプチ・・・・・・・・・・。
 不思議な音が聞こえ始めた。一瞬ゴッマは、(この世のものとは思えない音)の
ように感じた。でもすぐに、雹が降ってきたのだとわかった。
「あぁ、月夜の雹・・・・・」
 ゴッマは車を止め、ライトの中に降り来る大粒の青い雹を眺めた。
「あっ」とゴッマは息をのんだ。
 雹と思ったものは蛙だったのだ。蛙たちが恐ろしいほどの数で、道を挟んだ東側
の水田から、西側の水田に向かって、跳ね進んでいるのだ。雹が降ってるように。
ほんとだよ。
 ゴッマは想った。
「ここは荒野。蛙たちは何もない荒野の、ただひとつ浮かんだ月に向かって、懸命
に飛ぼうとしてるんだ。・・・・・もしかしたら、蛙たちは、ひたすら真実を求めるもの
の言霊なのかもしれない・・・・・」
 ゴッマはふいに、自分は荒涼たる荒野の果てに、ひとり取り残されているんだっ
て感じた。瞬間、かってない恐れと孤独感に襲われた。
 ゴッマは唇をかみ、車を発進させた。
 プチプチプチプチ・・・・・・・・・・・。
 月夜の雹は、またこの世のものとは思えぬ音を立てた。
 
 ゴッマの車は長い一本道から左に曲がって、ぼくらの待つ古家に帰ってきた。
ぼくは、ゴッマになっているのに、ちゃんと家の方にもいる。
 車からゴッマが降り立った。ゴッマは、青い月の光に染まって、顔も身体も蒼白
だった。いや、本当は月のせいじゃなかったんだね。
 ゴッマは、出迎えたぼくらの様子が、いつもと違うことにすぐに気づいた。
 そう、ぼくらはいつもと違っていた。
 ゴッマは、はっとした様を見せ、家の中に駆け込んだ。そして見た。
 ベッドの脇で、死んでいるノラばあさまを。
 ゴッマは、声にならない掠れた叫び声をあげ、それからノラばあさまを胸に固く
抱き、ころがるように外に出た。駆けて、駆けて、一本道の真ん中まで駆け、そこ
に頑っと立ち、長い道の彼方を睨み据えて咆哮し号泣した。

 ・・・・・・・・・・・・・・・。
 ぼくは、いつの間にか、タイムスリップから今の家の庭に戻っていた。
 ぼくの耳に、ゴッマの咆哮と号泣が生々しく残っている。
「ゴッマは、なぜあの道に駆け出たのだろう。あの道を睨み据えたのはなぜだった
のだろう。何を挑んだのだろう・・・・・」
 そう呟いた時、ノラばあさまのゆったりとした声がした。
「あの子は、己の苦しみこそが、己の尊厳を取り戻すためのものだって覚醒したん
だよ。感性を異にする異形と生まれたものは、この世では尊厳を人が奪いつづけ
る。親でさえも。生まれてからずうっと奪われつづけた尊厳。あの子は、闘うべき
ものは何か、如何に生きるべきかをも知ったのさ」
「フーン、そうかなぁ。つまらんことにクヨクヨしてばっかだぜ、ゴッマって」
「ハハハ・・・、そうかい、ハハハ・・・」
 笑い声の後、ノラばあさまの気配が消えた。
 ぼくは、ノラばあさまが言ったことを考えようとしたけど止めた。疲れたもんね。ま
たいつかの日に考えることにする。
 ぼくは、ゴッマの部屋に戻ろうと、棒を伝い上り始めた。
 月はまだ青く照り輝いている。



                 愛媛新聞社発行月刊誌 えひめ雑誌連載作
                                1998/7月号