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万魚の雑々日記

ドラマや映画や文学のこと、家の周りに置いて行かれたり福島原発事故後警戒区域になった町で出合い同居している猫たち犬たちのこと、要介護の継母のこと、自分自身のこと。・・・煩悩多きブログだが何か光のようなものも感じるままに。別ブログ「なぜぼくらはおいていかれたの」http://ameblo.jp/kaze-amb

ガンディー 魂の言葉 ‏@gandhi_tamashii のツイートより

ガンディー 魂の言葉@gandhi_tamashii 3時間3時間前

人のためになるならば、動物を殺すことは、罪ではないという。人の役に立つからと殺され、役に立たなければやはり殺される。これが、地上のあらゆる命に対する暴力でなくて何であろう。(『ガンディー 魂の言葉』)

 

・・・・↓管理人万魚の思い・・・・・・・

↑のツイートにあるガンディーの言葉をはじめて知ったのは30年前頃だったと思う。

この頃、S県のK市で家を持ち、家族四人で暮らしていた。さまざまな経緯が重なって我が家が猫の捨て場のようにされ、家族崩壊、経済破綻、息子たちが受けるいじめ(ただしこの件に関しては、中学生、小学生だった息子は私よりはるかに冷静で、いじめられたという暗い感覚はなく、やれやれという感じだったが)、近隣への申し訳ないという緊張などで、私は壊れかけていた。

この時期に、ガンディーの上の言葉を知ったのである。

この時の”救い感”は今も忘れない。

私の苦悩は、動物(猫)が好きとか嫌いのレベルでのことではなく、またイデオロギーの範疇でのことでもなく、うまく言えないが魂に直結した感覚だったので、他者になかなか分かってもらえない孤独感や疎外感もあった。ガンディーの言葉は、そうした空白感すらも埋められた感があるくらいだった。

「※だからといって全ての憂慮が一気に晴れたというほど簡単なことではなかったので、私はいつまでも苦しみ続けていたが。何しろ、犬猫を捨てに来る人はこの40年近くいるのだから。しかも”世界は無理解”のまま。(苦笑)」

 

ともかく、人類の中に、この言葉を、イデオロギーや道徳などではなく、魂でわかっている”人”がいた、という事実は、私には言葉に表せられない深い喜びであり光だった。今も。

 

・・・そんなことを思い、このツイートを転載させていただきました。感謝です。