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万魚の雑々日記

ドラマや映画や文学のこと、家の周りに置いて行かれたり福島原発事故後警戒区域になった町で出合い同居している猫たち犬たちのこと、要介護の継母のこと、自分自身のこと。・・・煩悩多きブログだが何か光のようなものも感じるままに。別ブログ「なぜぼくらはおいていかれたの」http://ameblo.jp/kaze-amb

秋田県に感謝します

www.sankei.com

 

・・・・・↓管理人・・・・・・

このような意識と人間性を持たれた県政のトップがおられることに感動します。

私は愛護運動という活動が出来る度量や能力がないので、我が家の庭や近隣に置いていかれる子猫、子犬、老猫、老犬を個人で必死で守り続け40年に近くなりますが、その間、ひとりぽっちで地域の行政や県の担当者に、良質な施策を嘆願等してきましたが、トップ、直接の動物担当者ともに、「犬畜生の問題」としてしか受け止めて下さいませんでした。

犬や猫たちという”家族”の問題を、ゴミに等しいレベルの犬畜生の問題としか思えない人たちが上にいる市町村、国は、人間の意識そのものが低質で自己中心な人間性しか育たないだろうな、とずうっと残念で、寂しい思いを抱いて生きてきました。

 

実際、私が現在生きる場所は、子供たちへの教育も、暮らしは豊かながら、精神に思いやりを篤くもたない、差別や弱いもの、少数派いじめの根強い、貧しさをたびたび感じます。

これでいいのか、と町政を担う人たち、教育の責任者たちに強く問いたい思いです。

でもたくさんの犬猫と高齢の要介護者を抱えて暮らしぶりの貧しい私に、きちんと心を開く姿勢を見せてくれる人はいません。

彼ら個人は善でおられると思いますが、自分を切り拓いてこれからの時代の人間の生き方、新たな価値観を考えようという”勇気”と”革新意識”がないのです。

本当に本当に残念な思いを抱いてきました。

 

そういう中、この秋田県のニュースを知り、何とも言えない温かく深い希望を感じました。

これは県政のトップの方の真の優秀さと、全国でこつこつと動物たちのより良質な意識の向上のために尽くしてこられた愛護活動の団体、個人ボランティアさんのおかげすですね。

皆様に心から敬意を表したいです。

 

生きていれば、こういう光のような現実も見られるんですね。頑張って生きてきてよかったです。