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万魚の雑々日記

ドラマや映画や文学のこと、家の周りに置いて行かれたり福島原発事故後警戒区域になった町で出合い同居している猫たち犬たちのこと、要介護の継母のこと、自分自身のこと。・・・煩悩多きブログだが何か光のようなものも感じるままに。別ブログ「なぜぼくらはおいていかれたの」http://ameblo.jp/kaze-amb

Yさんからお電話♪

時々Yさんから電話をいただく。そしてほんの数分、互いの近況を話し、「頑張りましょうね!」と励まし合って切る。

 

私は彼女をとても尊敬している。出会いは、原発事故後、警戒区域に取り残された猫や犬たち、牛、ダチョウ、ウサギ、鶏、動物みんなにごはんを運ぶために行った福島警戒区域地区でだった。私は彼女の車の助手席に乗った。

警戒の厳しい時代で(今もだが)、私は警官に見つからないように真夜中の、地震で壊滅状態になった町を走りまわっているのが、大脱走の主人公のように思えて、動物たちを飢えから救うためなら、ライフルで撃ちまくられてもいいぐらいの決意に溢れていた。

そして、地元のYさんが全ての地域を把握し、何をどうしてどこに行けばいいかを指示される凛々しさにいたく感動して、以後五年近くに及ぶごはん運びを懸命に頑張った。

 

そのYさんも年を経られるごとに健康を害されるようになり、時々互いに電話し合って互いの生きていることを確認し、「がんばりましょう」と言い合うのだ。(涙・・・)

 

今日は、お互いが天涯孤独、宇宙の孤児である状態と言っていいような実状であることを確認しあって、「連絡がとれなくなったらもお死んだんだ、と思ってね、ハハハハ」と笑い合ったりした。(笑)

 

ま、動物をいっさい見捨てやがった国や県や自治体には勝てませぬ。

たくさんの動物たちの非業の死。痛み。哀れさ。辛さ。自身の無力への苦しみ。寂しさ。もう自分は幸せになんかなれっこないと肝に銘じた虚しさ。悲しみ。

私たちは、そういうことに抱き抱かれて、あの福島で出会った夥しい動物たちのようにの垂れて死ぬんだな、と思う。それは慰めだ。あの可哀想な死と同じに死ねることは、ほんと、慰めだ。

 

夕べ、白血病を発症していたドラが死んだ。

捨てた人はドラを思い出しもしないだろう。

佐々木の近くの置いとけば捨てたことにならない、むしろ良きことをしたぐらいに思い、さっさと自分の中から消していったことなのだろう。

自分は誰にも迷惑をかけない平和を愛し、弱いものいじめをしない佳き家庭人であり社会人として胸を張っておられるのだろう。

 

そうした数知れぬくらい多数の”善人”の”何か”を背負わされて、罪なき動物たちと愚人たる私が胸引き裂かれる悲しみを全身全霊に焼き付けられて老い、誰からも価値無き人生と思われるだけの生を終えていく。

 

この残酷の痛みはYさんにも話さない。私より重い痛みを背負って率先して福島を守る人を、今以上辛い気持ちにさせられないから。

 

🌸八月に三鷹の愛護団体さんが、Yさんをモデルにして書いた私のつたない文章をミュージカルにして社会に発信して下さいます。脚本、演出、音楽すべて、大変優秀な方々の心籠った手で作られています。まもなくチラシが届きますので、ここにもUPします。ぜひ観て、聴いて下さい。そして会場でお会い出来たら幸甚です。

 

私が大好きで信頼しているさっちゃん、前にこの公演にまつわることでちょっとお話がしたくてお電話したのでしたが通じませんでした。

もし、ここをご覧になることがあって、そのチラシが目に入って、三鷹まで行ってみようという気になられてお会い出来たら嬉しいです。

うちのチャクちゃん、とても元気ですよ♪