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万魚の雑々日記

ドラマや映画や文学のこと、家の周りに置いて行かれたり福島原発事故後警戒区域になった町で出合い同居している猫たち犬たちのこと、要介護の継母のこと、自分自身のこと。・・・煩悩多きブログだが何か光のようなものも感じるままに。別ブログ「なぜぼくらはおいていかれたの」http://ameblo.jp/kaze-amb

もんちゃん、ごめんよ。

息を引き取ったのは今朝の三時過ぎでした。
あんなに健康体で天真爛漫わがままだったもんだったのに。

涙腺が乾いている感覚で涙もでなっかたのに、もんのためにこっちの家に連れてきていたもんが頼っていたバンタとハンに、「もんちゃんが死んでしまった」と告げ、それから、もんがずうっといた猫の家犬の庭のほうのみんなにも言わなきゃと、玄関で靴を履いていたら、突然激しい悲しみと寂しさが突き上げてきて、生きていくのがもおほんとにいやだと思い泣いた。

もんはだるたにあんさんと双葉のNさんの家の物置から連れ出した猫(Nさんには連絡した)なので、だるさんにもんの経過とついに力尽きた死をメールで伝え、ディに行った継母のいない家で、今ぼううとしている。

もんがより状態が悪化してきた三日前から、私は血圧が異常に高くなって、一日おきに行っている介護施設の清掃の仕事が堪えていたのだが、頭も身体も重くまるで海の底に沈みかけていくようである。

そうなればそれはそれでいい。この四十年間の犬や猫を置き捨てられいく暮らしとそれにまつわる人間への不信は、立ち直れないほど自分を蝕んでいるのだと実感するばかりだ。

そう思っちゃいけない、ほんとに多くの優しい温かい人たちに会って助けられてきたではないか、と自分の胸底に言い聞かせていると、うんうんと自分が頷いてきたので、そのことがなんか奇跡のような感覚である。

もんちゃん、ごめんよ。あの福島から、自分が引き取ればもお大丈夫、と意気揚々と連れてきたのに・・・ごめんよ。ごめんよ。