万魚の雑々日記

ドラマや映画や文学のこと、家の周りに置いて行かれたり福島原発事故後警戒区域になった町で出合い同居している猫たち犬たちのこと、要介護の継母のこと、自分自身のこと。・・・煩悩多きブログだが何か光のようなものも感じるままに。別ブログ「なぜぼくらはおいていかれたの」http://ameblo.jp/kaze-amb

NHKアーカイブス この子らを世の光に

つい今、糸賀一雄の思想と実践として有名な、『この子らを世の光』を映像化した番組を観た。

障害者の存在を、”障害者世の光を”ではなく、”障害者世の光に”と気づき、実践をしてこられた糸賀先生と、それぞれの人格と思想を培いつつ、糸賀先生を支えともに歩まれた、池田太郎先生、田村一二先生の姿と思想と実践を追った何年も前の番組を紹介した番組である。 

 

『障害者と健常者がともに生きていける社会こそが豊かな社会である』を実践し続けてこられた糸賀先生と池田先生と田村先生。 私は若い頃保育の勉強をして幼稚園教諭をしていたので、知識として糸賀一雄の存在は知っていた。だがすっかり忘れていた。

そしてこの夏から介護施設の掃除人として働きはじめ、施設の仕事の研修の講義をして下さった先生が、『糸賀一雄』を大変尊敬されている形で話をして下さり、糸賀一雄の名前を出されたのだが、この瞬間、思わず、『あっ』と声をあげそうになった。

なんで忘れていたんだろう、というショックがあった。

 時間がないのでつらつら書くのは止めるが、ちょっと書き出しの題からずれるが、ひとつだけ書いておきたい。 

世の中にはさまざまな形で偉大な生き方をする人がいるものだと、胸がじんじんじんじんする。マザーテレサさんや宮城まりこさん・・・・・私にとって強烈な偉人は、先ごろ亡くなった多くの犬猫を救い続けられた千葉の『藤田美千子さん』。

 そしてこれから日本の、いえ、世界の偉人と誰もが認めるだろうと今思えてならないのが、小池百合子都知事である。そう感じる理由は、何をしたとか、どういう高い人であるとかということではなく、”魂の扉を開いて目の前の人や出来事をまっすぐに見れる人”だからだ。

 

”魂の扉を開いて目の前の人や出来事をまっすぐに見れる人”。テレビの中であるが、私は小池さんをこう認識した時、本物はこうやって顕われた! と思った。

真の偉人はこの点にある気がする。ガンジーもそうであった気がする。マンデラさんも。おそらくオバマさんも権力から離れられて以後、そう生きられるのではないか、と思う。

 

そうそう、もうひとつ書いておきたい。

『障害者と健常者がともに生きていける社会こそが豊かな社会である』

の中に、犬や猫たち身近な動物(ほかの動物は別の意味と理解がともなうのでここではこう書く)も入ることを願う。

 

 さ、犬の散歩をして、おばあちゃんのごはんだ。